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伊方発電所建設の経緯
1号機
四国で最初の原子力発電所の計画は、四国電力(株)が昭和41年9月に、当時の「津島町」を候補地として計画したことに始まりました。その後、地質調査などを実施して、昭和43年1月に地盤の問題等で「津島町」への建設計画の中止が発表されました。これを機に、過疎に悩む伊方町では地域振興策として原子力発電所誘致の気運が高まり、関係者の陳情が始まりました。このように誘致活動によりスタートし、地盤調査などのいわゆる環境調査に先立って用地買収が進められたことが、伊方町立地の特色と言えます。
昭和44年 7月
臨時町議会で原子力発電所誘致を満場一致で決議
昭和45年 9月
発電所建設地点が「伊方町」に正式決定
昭和45年10月
県議会で建設促進が賛成多数で可決
昭和47年 2月
第58回電源開発調整審議会で承認
昭和47年 4月
漁業補償契約最終調印
昭和47年11月
内閣総理大臣から原子炉設置許可
昭和48年 6月
原子炉基盤の掘削工事開始
昭和51年 3月
安全協定締結
昭和51年12月
燃料初装荷
昭和52年 1月
初臨界
昭和52年 9月
1号機営業運転開始
平成28年 5月
1号機運転終了
このように、誘致陳情から8年3ヶ月の歳月をかけ、幾多の困難を克服して、伊方1号機は四国で初めての原子の火を灯しましたが、39年近くの間、発電を続け運転終了となりました。
2号機
2号機は、当初から予定されていたこともあり、以下のとおり順調に進められました。
昭和50年 3月
第66回電源開発調整審議会で承認
昭和52年 3月
原子炉設置許可
昭和53年 2月
原子炉基盤の掘削工事開始
昭和56年 6月
燃料初装荷
昭和56年 7月
初臨界
昭和57年 9月
2号機営業運転開始
平成30年 5月
2号機運転終了
3号機
2号機がまだ建設途中の昭和55年5月、四国電力から愛媛県と伊方町に3号機増設の申し入れがありました。当時、この3号機増設に際して、1・2号機では経験しなかった環境影響評価や公開ヒアリングが新しく加わりました。
また、昭和51年3月に締結していた安全協定に「原子炉総数は2基を限度とする」とあることから、当時の町長は、1年4ヶ月の熟慮の結果、昭和56年9月、伊方町議会議員全員協議会で3号機増設促進を意思表明し、ただちに町内8会場で4日間にわたって地区説明会を開催し、6日後の臨時町議会で、3号機増設を全会一致で決議しました。この間わずか11日間という短期間ではありましたが、安全性の考え方、町の施策などを説明し理解を求めました。一部には住民投票という声もありましたが、最終的には議会制民主主義を尊重しました。
昭和56年10月
県議会で建設促進を決議
昭和57年11月
第1次公開ヒアリング開催(通産省主催)
昭和58年 3月
第91回電源開発調整審議会で承認
昭和59年12月
漁業補償契約最終調印
昭和60年 4月
安全協定改定調印
昭和60年10月
第2次公開ヒアリング開催(原子力安全委員会主催)
昭和61年 5月
原子炉設置許可
昭和61年11月
原子炉廻り掘削工事開始
平成 6年 1月
燃料初装荷
平成 6年 3月
初臨界
平成 6年12月
3号機営業運転開始