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瀬戸地域の文化財

印刷用ページを表示する 掲載日:2014年3月7日更新

須賀の森

 須賀の森の全景写真

(県指定天然記念物)

三机湾に突出している須賀は、潮の流れで自然にできた砂嘴であり、ウバメガシ、ビャクシン、ハマボウ、シャリンバイ等が叢林をなしている。
森全体が県指定の天然記念物(昭和45年2月7日指定)となっている。


宝篋印塔

塔の写真

(町指定有形文化財)

経典供養の目的で建立されたもので、その構造は基礎、塔身、笠、相輪からなり、 相輪をのぞけば平面方形であり、笠の四隅には隅飾の突起がある。
塔身には四仏(釈迦、薬師、弥陀、弥勒)を刻してある。
三机長養寺墓地入り口にある宝篋印塔は三机浦の平和安泰を祈願し、大乗妙典なる法華経を納め享和3年(1803)10月吉日建立された。


しゃんしゃん踊り

踊りの写真

(町指定無形民俗文化財)

毎年9月1日、於幾世大明神のある先成とワキムラで踊る奉納踊りである。
昔大久の浜に漂着した女(お幾世)の霊をなぐさめるため始められたと伝えられている。
踊りは五島列島や豊後から習って帰り、48庭あったが今残っているのは10庭で元来22名の男性だけに限られていた踊り子も今は女性も加わっている。


宮の森

宮の森の写真

(町指定天然記念物)

旧小島小学校の裏手の古い宮跡にカソク(推定年数400年)シイ等の大木が密生している。
昭和58年10月1日指定文化財となっている。


中尾城跡

城跡の写真

(町指定史跡記念物)

旧町役場の裏手、森山とよばれるところが中尾城の跡と言われ、現在では持珠院がある。
城主は井上善兵衛尉重房であった。
元亀、天正年間のころ三机浦へ海賊が再三押し寄せ、八幡浜萩森殿は重房を三机浦へ派遣し海の守りにあたらせたのである。
重房は長養寺を創建し、土地を開き町をつくるなど民政に努力したため人口は急激に増加し商業も栄え、城下町ができたと言う。


千手観音像

像の写真

(町指定有形文化財)

長崎島原での切支丹一揆鎮圧を終えた宇和島藩御物頭、梶田権兵衛が寛永16年(1639)長養寺に建立した観音堂に安置された。
この千手観音像は、島原の乱に死亡した多くの切支丹者の遺霊をとむらうために祀られたと言われている。

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